歴史秘話ヒストリア「戦国ラストサムライ 絶対曲げない水野勝成」7月18日(水)NHK10:25~

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徳川家康のいとこにして知られざる戦国武士 水野勝成(みずの・かつなり)。戦場ではいつも「一番やり」の猛将だった。勝成が生きたのは、乱世から太平へ時代が激動しつつあったころ。勝成の人生も、家を追い出されたり、放浪したり、大名になったりとまさに激動。しかし、世のしくみが、価値観が変わろうとも、勝成は決して己を曲げなかった。よわい70を過ぎてなお戦場に出た「戦国ラストサムライ」をご紹介。

代表的武勇伝&エピソード
・16歳初陣で15も首級を上げる
・19歳2000VS10000圧倒的多数を撃退。わずかの手勢で奇襲をかけ北条勢を大混乱に、首級三百を道に吊るし、敵の士気を完全に削いだ。
・兜なしで一番首
・21歳で父の部下に悪行をチクられ切り捨てる。激怒した父、奉公構(業界出入り禁止)のお触れを出す。
・15年間放浪の身となる(戦国最強のフリーランス、虚無僧、姫谷焼きの器職人)
・秀吉死後家康の元へ。奉公構の身なので勝手に門番などしていたがすぐバレた。
・家康が強引に水野親子を仲直りさせる。
・和解後まもなく父が石田三成の手のものに暗殺され刈谷3万石を継ぐことになる。
・関ケ原の戦いで大垣城を攻め落とす。勝成は従五位下に叙任され、「日向守」の官位を受ける。
・大阪夏の陣では息子と(宮本武蔵が息子を護衛)参戦し軍の最高責任者でありながら先陣に立ち一番乗りを果たし家康に怒られる。齢51歳
・破天荒が一転、福山で名君
・75歳で島原の乱へ息子、孫と三代で参戦
見逃した方はどうぞ


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